神戸地方裁判所 昭和30年(ワ)932号 判決 1956年5月08日
原告 鈴木喜三郎
被告 兵庫県警察本部長
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金員を支払え。被告は官報公告欄に当裁判所昭和二十九年(行)第七号原告鈴木喜三郎、被告神戸市警察本部長寺門威彦間の行政処分取消事件の表示並に主文を公告せよ。」との判決を求め、その請求の原因として、
(一) 原告は兵庫県巡査であるが昭和二八年一二月一八日神戸市警察本部長寺門威彦から神戸市警察基本規程第一一〇条による懲戒免職の処分を受け、これを不当として同本部長を相手取り神戸地方裁判所に対し右処分取消の行政訴訟を提起した結果、昭和三〇年六月一〇日原告勝訴の判決があつた。
(二) かくて原告は前記違法な懲戒免職処分により精神上甚大な苦痛を受けたから、その賠償として被告に対して金一〇〇万円の債権を有するのみならず右懲戒の事実は同僚にはもとより、神戸新聞紙に発表されて一般にも知られ、原告は甚だしく名誉を傷つけられた次第である。しかるに、同本部長の地位は改正警察法の施行により被告が承継したから、原告は被告に対し前記損害金の内金五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求め、かつ、名誉回復の方法として、当裁判所の前記判決の当事者の表示並に主文を官報公告欄に公告することを求めるために本訴請求に及んだ、と述べ、なお、本件訴の被告の表示神戸市警察部長寺門威彦を兵庫県警察本部長坂井時忠(以下「兵庫県警察本部長」という)に、これを兵庫県、同法律上代理人兵庫県知事阪本勝に順次訂正する、と述べた。
被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、本件訴において、原告は公共団体の公権力の行使に当る公務員である当時の神戸市警察局長が、その職務を行うについて故意又は過失によつて違法に原告に損害を加えたことを原因としてその賠償を求めようとするものであるから、国家賠償法第一条第一項に基きその属する公共団体を被告とすべきであるにもかかわらず原告は公共団体を被告とせず行政庁を被告として訴を提起したことは訴状の記載により明白である。原告はその後の口頭弁論期日において被告を兵庫県とする旨当事者変更の申立をしているが、行政事件訴訟特例法第七条第一項の規定により行政訴訟においては訴訟の係属中被告を変更し得るが本件訴の如き一般民事訴訟においてはその変更は許されず、結局原告の本件訴は行政庁に対して提起したものであるから不適法なものであり却下を免れないものであると述べ、本案につき、原告が請求棄却の判決を求め、答弁として、原告の主張事実の中(一)の事実は、原告が兵庫県巡査であることを除きこれを認める。(二)の事実はこれを争う。即ち、原告は神戸市警察の警ら巡査として職務遂行中、公器を私する一味と共に、司法警察職員として最も基本的な重要任務の一である犯罪捜査の結果集収した証拠物件を、他の請託を容れ、被疑者に持ち帰らせ、所属長に対し虚偽の報告をしたため、当時の神戸市警察局長より、法規上懲戒処分の対象となるものとして、その責任を問われたものである。原告の有責非行の存在することは、原告主張の判決理由中においても、指摘、確認せられたところである。要するに、原告主張の懲戒免職処分は極めて妥当であつて違法ではない。従つて、原告の本訴請求に応じられない、と述べた。<立証省略>
理由
(一) 「現実の被告の確定」まず、本件訴訟の被告は何人であるからについて判断する。本件記録によれば、原告は昭和三〇年一〇月一七日神戸市警察部長寺門威彦(訴状中「神戸市警察本部長」は、「神戸市警察部長」の誤記と認める)を被告と表示して本訴を提起したが、同年一一月一六日午前一〇時の第一回口頭弁論期日以前である同年一〇月二八日当裁判所に被告を兵庫県警察本部長に訂正する旨申立てていることが明らかであるが、それは、いわゆる表示の訂正が、あるいは当事者の変更かについて考えるに、原告主張の懲戒免職処分がなされたという昭和二八年一二月一八日当時は、神戸市警察局長が懲戒処分の権限をもつていたが(旧警察法第四八条)、昭和二九年六月八日改正警察法附則第一項等の規定により昭和三〇年七月一日以降は兵庫県警察本部長のみが県下の一般警察職員(警視正を除く)の懲戒処分権限を有すること、前叙のように原告が本訴提起後間もなく、すなわちその提起の日から十一日後に前記申立をしていること、原告の主張事実自体によれば、原告は兵庫県警察本部長を被告とする意思であつたことが認められる。従つて、前記申立は被告の同一性を害せずいわゆる表示の訂正としてこれを許容するのが相当である。すなわち、本訴の被告は兵庫県警察本部長である。
ところが、原告は昭和三一年四月七日午後一〇時の口頭弁論期日において同年三月七日付準備書面で被告の表示を兵庫県、同法律上代理人兵庫県知事阪本勝に訂正する旨申立てているが、いうまでもなく、兵庫県警察本部長は行政庁であつて、公共団体である兵庫県とは全く別異のものといわなければならない。とすると、原告の右申立は、単なる当事者又はその法律上代理人の表示の訂正ではなくして当事者の変更の申立と解するほかない。しかして、本訴訟が当初から行政訴訟ではなくして、終始、損害賠償請求訴訟、すなわち一般民事訴訟であることは、原告の主張自体に徴して明らかであるから、当事者の変更は許されないものといわなければならない。とすると右申立は許されないから本件訴の被告は、やはり、兵庫県警察本部長である。
(二) 「被告の当事者能力」つぎに進んで、被告が本件訴訟の当事者能力を有するかどうかについて考えるのに、本訴が損害賠償請求の訴であること前述のとおりであるところ、被告である兵庫県警察本部長は現行法上権利義務の主体となり得ないから、本件訴訟においては、当事者能力を有しないものといわなければならない。
よつて、原告の本件訴は不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山内敏彦 尾鼻輝次 三好徳郎)